ジェンダーSF小説 「心地よい弾丸 heavenly bullet」

純粋で、傷つきやすく、したたかで身勝手な、男女の生存戦略。

【5】死の山

【5】●<死の山>編の【その1】 ● ジェンダーSF小説「心地よい弾丸 heveanly bullet」
https://togetter.com/li/2306101

 

222
当日、テレビ局は約束どおり
彼女のところへ向かった

電撃突撃の空気を高めるために
しばらく前に事前に話を決めただけで
電話などの打ち合わせをしないことになっていた

アナウンサーがインタホンを鳴らすと
ウサギの夫が出た

  
2024020114:14:02

223
さりげないひと手間に
アナウンサーは「演出を入れたな」と思った
ところが、ウサギはいないという
どういう演出なんだと思っていると

夫は
「これ今ライブですか?」としきりに訪ねた
「これ今、中継じゃないってことですよね
収録して、あとで流すってことですよね」
何度も確認した

  
2024020114:17:45

224
そして夫は
テレビ局は1つしか来てないこと、
周囲に他にだれもいないこと確認した

夫は、インタホンの向こうから小声で
ウサギは明日テレビ局がくると勘違いして
今、「あした渡す用のお土産」をスーパーに買いに行ってるという

  
2024020114:20:08

225
ウサギの天然をくらったカメラマンは、
「まいったなぁ」とカメラを降ろし、
女性アナウンサーも「困りましたね」と言って
とりあえず待つかと表にでると
スーパーの袋を持って帰ってくるウサギを見て
またカメラを担ぎ直した

「このまま行きましょう」と
アナウンサーはウサギに向かっていった

  
2024020114:24:05

226
アナ「ウサギさん、
 相方のキノコさんの小説を読み終えたそうですが、
 なにか感想はありますか?」

ウサギは、カメラマンとアナウンサーの顔を
キョロキョロ何度も交互に見ていた

アナ「読み終えて、なにか
 ここは実際と違ったな、みたいなとこは
 あったりするんでしょうか?」

  
2024020114:26:48

ウサギは、スーパーの袋のなかから
買ってきたクリームパンを取り出し
アナウンサーに渡した
答えを欲していた彼女は、とっさに受け取った

ウサギは、もう一つクリームパンを取り出し
カメラマンに差し出した

ウサギは全国の視聴者にむかって言った
「嘘は書いてません
だいたい、あんな感じです」

  
2024020114:30:57

228
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<死の山>

キノコには、尊敬する先輩芸人がいた
特別交流があったわけではないが
彼の才能と世界には憧れていた

彼は芸人でありながら、小説を執筆し芥川賞を受賞していた
彼の小説「死の山」はこんな話だった

  
2024020114:33:20

229
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主人公の「僕」には先輩がいた
それは高校の部活の先輩で、女の先輩だった

恋愛感情はなかったが
後輩として彼女のことを慕っていた

彼女は、きっぷのいいところがあるというか
Sというか彼女の言うことには「絶対服従」だった
といってもそれは冗談のようなもので
理不尽な関係ではなかった

  
2024020114:40:34

230
「先輩」は、高校を卒業したあと
芸人を目指しプロデビューまで果たしていた

もともとお笑いも好きだった「僕」は
先輩の後を追い、お笑いの世界を目指した

やがてそこそこの売れっ子になった先輩と
僕は再会し、名前にさん付けや、「ねえさん」ではなく
「先輩」と呼び続けていた

  
2024020114:43:13

231
先輩は、はまり出すとなんでも追求するタイプで
「お笑いはすごい」とデビューし売れだしたあとも
慢心することなく、お笑いの研究をし独自の世界を切り開いていった

彼女には、2つの得意分野があって
シュール系に近いものと
志村けんのようにオジサンに変装してやるネタとがあった

  
2024020114:45:31

232
先輩は、女だがオジサンに扮装にして
一般受けしやすい、しかし独特の持ち味のある
志村けん+キャシー塚本のような世界を作っていた

これはわかりやすさと、一種の狂気性、その味わいによって
広くマニアまで大爆笑させていた

  
2024020114:47:41

233
僕はある日、そんな先輩の新しい姿に驚いた
まさかと思った

彼女は「カツラをかぶるのが面倒くさい」と
自分の髪の毛を抜き、帽子をかぶるようになった

僕は「帽子を普段かぶるほうが面倒くさいのでは?」と思った

  
2024020114:51:57

234
次にまた驚かされたのは、

「メイクの時間を省略するため」と
「よりリアリティをもたせるため」に
と整形までして
オジサンの顔に近づけていった

幾分、昔の面影ものこってはいるが
彼女は、ますますバーコード頭のオジサンになっていった

  
2024020114:53:48

235
最後に、彼女は
「性転換手術する」といい出した
「これが一番効率がいい」というのだ

これまでどうにか、先輩の才能の裏返しと
言い訳していた僕もここまでくると
「やっぱり頭がおかしくなってしまったんだな」
と認めざるをえなかった

  
2024020115:16:28

236
しかも先輩は、性転換でおさまらなかった

僕は、そのときの僕に
「そんなことで驚いてる場合じゃないよ」
と鼻で笑いたくなる

結果的にいうと
先輩は「この世界を破壊した」のである

  
2024020117:17:43

237
異変に気づいたのは
僕が駅で先輩を見かけた日だった

その日、先輩は僕の何メートルか先におり
それを見つけた僕は彼女を追いかけた

  
2024020117:18:48

238
先輩は、切符を買わずそのまま改札に向かった
すると駅員のいるところに向かいなにか言うと
そのまま定期なども見せずに、改札をぬけてしまった

僕はおいていかれると思い声をかけると

  
2024020117:19:58

239
先輩は振り向き、改札をなにも言わずにすりぬけ
僕の手を握り、一緒に行こうというのだ

そうしてまた駅員のところへ行くと
「二人です」といった
駅員は、ぷっと吹き出すと僕たちを通らせた

まったく不思議なできごとだった

  
2024020117:21:15

240
話すと同じ駅に向かうことがわかったので
一緒に電車で話をしていた

目的の駅につくと、先輩は、また改札の駅員のところへ行き
「マジで二人です」というのだ

「なにがマジなのか」と思ってると
駅員は僕たちをそのまま通した

  
2024020117:22:30

241
駅員は大爆笑していた

僕はあっけにとられるしかなかった
これはまだ誰にもいっちゃいけないと、先輩に言われた
絶対服従である

  
2024020117:23:36

242
そんなことが何度かあり
僕はまったく理解できなかったが
ふと簡単な答えにたどりついた

ドッキリである
これはいつ放送されるのか
もう放送されているのか

  
2024020117:24:29

243
水曜日のダウンタウンなどチェックするが
まったくそんな放送はなかった

先輩はこう説明した
相手の空気を読み、一定の角度で「入れる」と
人を動かすことができるのだという
これはお笑いと同じなんだよ、と

  
2024020117:25:52

244
これが見え始めたから、自分は
「お笑いの力はすごい」といってたんだと話した

もともと善人で普通の道徳心
もちあわせていた先輩は、その「お笑いのちから」を

それ以上の犯罪などに使うことはなかった

 
2024020117:27:36

245
そんな先輩もやがて、たがが外れはじめた

先輩がやったことは犯罪ではなかった
テロリズム? クーデター?
いやそんなものも超えていた

我々は、先輩がはじめたことを
形容する言葉をまだ持ちあわせていなかった

 

246

先輩は、各国の指導者やマスコミを動かし

互いに戦争をさせはじめた。

「それは世界大戦ではないのか?」

いや、ある意味ではそうだが、これまでの人類の歴史のなかで

一人の個人が各国を扇動して、互いに戦争をさせるということはなかったはずだ。

しかも、それは領土やエネルギー資源など経済的な目的でも、宗教や政治的な思想信条が理由でもなかった。

先輩の動機はわからない。

「これもお笑いの実験なんだよ」とでも言うのだろうか?

 

BGM

tool - The Grudge

https://www.youtube.com/watch?v=RsDXxIXGIq4

www.youtube.com

 

247

騒然とする戦時下の新宿で、僕は先輩の姿を見つけた

マスコミはまだ彼女がこの戦争をはじめたことに気づいていなかった

今、僕が先輩を説得すればこの大騒動を止めることができる。

誰にも気づかれないうちに一刻も早く。

僕は先輩を追いかけた。

 

248

「先輩!篠山先輩!」

僕は大声で叫ぶが、先輩は聞こえていないかのようにどんどん歩いていく。

後もう少しで追いつくところでビルの角を曲がった。

もう腕でもつかもうと思い、自分もその角を曲がったところ、

先輩の姿はこつ然と消えていた。周りのビルになんのドアもないのに。

今のは自分の妄想だったのかと思うくらいに呆然とした。

これもお笑いの力なのだろうか?

 

249

東口にある巨大モニタ、アルタビジョンには

アメリカの様子が写しだされていた。

街の様子を報道するアナウンサーは「アルマゲドン」とかなんとか言っているようだ。

すると急に、アナウンサーと住人の何人かが後ろのほうを振り返っている。

なんだろうと思っていると、マンホールが開き中から一人の男が出てくる。

いや、それは男ではなく、先輩だった。

先輩は一瞬で、東京からアメリカの街に瞬間移動していたのだった

 

250

アナウンサーたちがおののいて身構えるなか、

先輩が、彼らに近づいていくと彼らのうち何人かがくすくすと笑いはじめる。

大爆笑しはじめた彼らの中から、一人の男の手を引っ張り路地裏に連れていく。

正気を取り戻した報道陣と、連れ去れさられた男の恋人らしき女が後を追うが、

またもや先輩は、こつ然と消えていた。

今度は、連れてっいた男も一緒に。

 

251

やがて先輩のことが話題になりはじめた。

ある人は、空を飛んでいるところを見たという。

口から火を吐いているのを見た、という人もいた。

 

252

そのころ日本は、秘密裏に開発した核ミサイル「太陽黒点」を使用することにした。

太陽黒点は、着弾すると地中深くにまでめり込み、地下にある核シェルターやミサイル基地をも破壊する機能をもっている。

地中で反応し、山のように周囲の地表を盛り上げ火山のようにマグマを吹き上げた。

人々はそれを死の山と呼んだ。

 

253

いっぽう僕はもうどうでもよくなっていた

それが本気、本音なのかはともかく

もはや夢を見てるような気分でいた。

 

人間そんなものかもしれない。

この僕の人生そのものが、神様が僕に見せてる一種の映画のような気にすらなっていた。

 

新宿の地面に座り込み、絶望へと集団自決する人類のなかで

そうやって永遠の夏休みのような気分でいる僕の前に

ふたたび、先輩は姿を現した。

 

254

ビルの陰から姿を現し、ゆらりと立ちつくしている先輩は、

いまやバーコード頭の禿おじさんであるどころか、

アメコミのベノムを細身にしたような、どこかもののけのような雰囲気をしていた

そのとき僕の近くに、戦時下の騒動のなかで命を失った警官が横たわっていて、

自分でも驚いたのだが、僕はその警官から銃を奪った

先輩は、僕に気づいていない

 

255

僕は、人生ではじめて銃口を人に向けた

本物の銃を持ったことじたいは初めてではなかった

そこまでガンマニアではないが銃に興味のあった僕は、一度先輩と韓国旅行に行ったときに

せっかくの機会ということで射撃場で何種類かの本物の銃を体験したのだ

先輩は、あたしは興味ないからと別行動をしたが、

その時の標的は今でも実家の押入れにあるはずだ

あの時の僕も先輩も、いずれ二人が銃を介して

こんな状況になるとは夢にも思わなかっただろう

 

256

僕は、まだ指を引き金に置いていなかったが

ちょうどそのとき先輩がこっちを見た

僕はまだ撃つ覚悟もなく、見られた戸惑いとで固まっていた。

先輩が少し悲しむような表情をしたような気がした

そしてそのまま、出てきたビルの陰の隠れてしまった

 

257

僕は世界を救う唯一のチャンスを失ってしまったのかもしれない

先ほどの一瞬の気の迷いが人類の滅亡を決定したのかもしれない

撃っても後悔、撃たなくても後悔

僕はこういう感じになることがよくある

 

258

僕はシュール系がいまいちよく分からなかった

ある日、先輩のシュール系メインのライブに行った、客席は大爆笑だった

自分的には正直わからないとこもありながらも

「めちゃくちゃ面白かったです」と言うと

先輩は「まぁ今日は結構攻めてたからな」返した

分かってないくせに無理して褒めてることを見抜かれてるような気がした

 

259

僕はまたもや地面に座り込んでいた

モバイルバッテリをつないで

スマホにダウロードしておいた先輩のネタを見ていた

 

スマホのなかで先輩は、スーツ姿バーコード頭のおじさんに扮して

アンガールズ田中の蟹のような動きでスタジオを動きまわっていた

まだ整形も性転換もする前のだいぶ前の動画だ

僕は、こっちのネタのほうが好きだった

 

259

「シュール系のわからんアホが多い」と、はすに構えてた先輩が、

これで一気に売れ始めたのだった

この頃は良かった

なんでこんなことになってしまったのだろう

どこで道を間違えたのか

今から思えば、何度でも僕に、先輩と世界を救う機会はあったはずだ

僕は、ぽろぽろと涙を流していた

 

260

スマホで先輩のネタをリピート再生して

バーコードの禿おじさんに扮して、奇っ怪な動きをする先輩を見ながら

僕は泣いていた、悔しいのか悲しいのか

そして僕は今頃気づいた、自分が先輩を好きだったことに

先輩に恋愛感情がないというのは嘘だった

こんな未来もありえたなら、もっと現実的に

僕と先輩が、結婚する未来もあったのかもしれない

 

261

僕はいつでも気づくのが遅い気がする

そのせいでありえた未来のなかから、あろうことかこんな事態になっいているのだ

 

そしてまた今も気づくのがおそかった

でも一応は間に合った

僕はゆっくりとスマホを置いた

そしてそのままスマホの横にある銃を手に取った

これが最後のチャンスなんだろう

 

目の前で、後ろ向きで先輩があぐらをかいている

まるで神様が用意した標的のように

 

262

スマホから先輩のネタの音声が聞こえている

先輩は、聞こえていないのかのように

撃たれるのを待っているかのように後ろを向いている

 

263

森田童子 - たとえばぼくが死んだら

https://www.youtube.com/watch?v=817-MDcen9U

www.youtube.com

 

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放心状態の僕の眼の前に

先輩が、電源をオフしたかのように倒れている

僕は念のため、彼女にふれてその様子を確認した

先輩は、背中から胸をぶち抜かれて完全に死んでいた

お笑いの力を使いすぎたからなのか、

先輩の体は、少し小さくなっていた

 

265

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本当はそれは先輩ではなかった

先輩そっくりに整形した彼女の弟子だったのだ

先輩はお笑いの力で洗脳した芸人を生み出し

その芸人たちがまた師匠から受け継いだ力で

ネタを遂行していたのだ

先輩が日本からアメリカの瞬間移動したというのも

芸人2人によるトリックだった

 

266

先輩が火を吹いたり、空を飛んでいたというのは

彼らが自作自演で広めた噂か、単なる都市伝説のようなものだったのだろう

先輩自身は、戦いの途中ですでに死んでおり

作戦は、弟子たちによって、先輩のネタどおり忠実に遂行されていた

---

 

267

僕はシュール系がわからないおかげで、先輩の洗脳をまぬかれることができた

世界には、僕のような人間があちこにいて、各国で彼らが先輩の弟子たちを倒していた

「シュール系のわからないアホ」が世界を救ったのだ

 

268

先輩(の弟子)を殺した僕が、呆然としてると

向こうから一人の青年がやってきた

「すごいね」と彼は、二人が相打ちしたと思ったのか、

倒れてる警官と先輩を見て言った

彼の視線が、破れた僕のTシャツの胸元あたりを見てるような気がしたので

右手で、左腕をかくようにして隠した

 

269

「これもらっとくか」彼が地面にある拳銃を手に取ろうとしたので

「あ、それ」と僕は声をだした

 

「こんなの女の子が持ってたら危ないでしょ」彼はそう言ったが

納得してない僕の顔を見て

「でも危ないときに、これがないのも危ないか」と

銃を僕の横に置き直した

 

270

彼はつづけて言った

「君行くとこなかったら、ラブホテルに住んでるんだけど来る?

変な意味じゃないんだけど」

 

僕はなんだか場所の名前に驚いたように

あわてて首を小刻みに横に振った

なにか罠かもしれないけど、単なる親切心だったのかもしれないが

 

僕は(これから人類は死滅した分の人間を増やさないといけないな)とも

思ったけど、相手はこの人じゃないし、そのホテルである必要もないし

それはいま僕が急いでする必要もないとも思った

 

271

青年が来たのと同じ方から

一人の自衛隊の女の人がやってきた

 

しかし服装か顔つきか、なにか雰囲気がおかしかった

脱走兵か、もしくは自衛隊の死体から服をはぎとってきた一般人という感じで

普通のちゃんとした自衛隊の人という感じがしないのだ

 

彼女が、青年に話しかけると

青年は、うんうんと頷いて聞いている

彼はこっちをちらっと見て「じゃあ」と言うと

後ろを向いて歩き出した

 

272

女は急に、持っていた89式小銃を構え銃口を僕に向けた

僕はとっさに銃に手を伸ばした

僕が彼女に銃口を向けるまえに、女の発射した銃弾が

僕の太ももから胸元をあたりを撃ち抜いた

青年のおどろいた声が聞こえる

 

273

女は自衛隊員としては怪しかったが、先輩の弟子という感じでもなかった

「急に銃口を向けてきたから」と女は嘘をついた

青年は「これもう助からんな…マジかよ」

 

地面に横たわり、生まれて初めての体験に悶絶してる僕の目には

青年にしなだれかかる女が映っていた

「やばいからとりあえず帰ろう、外はやばいから」と青年がいうと

女はそのままディープキスをはじめた

 

人類が滅亡するのも地獄だけど、これも地獄では?と思った

こんなクソみたいな世界とおさらばして、

僕も早くそっちに行きたいよ

 

篠山先輩、僕たちは天国で結婚できるのかな